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盛岡地方裁判所 昭和33年(行)24号 判決

原告 岩田与衛治

被告 国

訴訟代理人 岡正男 外一名

主文

岩手県和賀郡東和町鷹巣堂第六地割一八五番田一畝一六歩についてなした買収処分の無効確認を求める原告の訴はこれを却下する。

原告その余の請求を棄却する

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告は、(1) 岩手県和賀郡東和町鷹巣堂第六地割一八五番田一畝一六歩についてなした買収処分は無効であることを確認する。

(2) 被告は原告に対し、被告が前記農地について前記買収処分を原因として農林省名義でした所有権取得登記の抹消登記手続をなせ。

(3) 訴松費用は被告の負担とする。

との判決を求め、

二、被告指定代理人らは原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求めた

第二、原告の請求原因

一、請求の趣旨掲記の農地はもと原告の所有であるところ、岩手県知事は自創法第三条第一項一号の小作地として右農地を買収し、その頃その旨農林省名義に所有権取得登記を了した。

二、しかしながら前記買収処分には次のような瑕疵がある。

(1)昭和二一年一二月二八日勅令第六二一号自創法施行令第二一条第一項に「政府は自創法第三条の規定による買収および同法第一六条の規定による売渡を昭和二三年一二月三一日までに完了しなければならない。」と定めている。同二三年一二月二七日政令第三八三号第四条で右自創法施行令第二一条を削除したが、これは一旦規定した期限の経過前に短縮終結した違法があり無効である。したがつて旧自創法に基く買収処分は昭和二三年一二月三一日までその売渡処分も完了するようにしてしなければならないのであるのに、前記買収処分はその後になされたものである。

(2)前記買収処分当時、原告の住所は和賀郡旧中内村にあり、前記農地は同郡旧谷内村に所在したため不在地主の小作地として買収されたが、その後昭和三〇年一月一日に右両村が他町村と合体して東和町になり、右農地が不在地主の小作地でなくなつたから、前記買収処分は不在地主の小作地でなくなつたものを不在地主の小作地として買収したことになつた。

(3)前記買収処分は買収令書の交付に代る公告をしているが、交付に代る公告のできるのは農地の所有者が知れないときその他令書の交付をすることができないときに限る。原告は昔から肩書住所地に常住し一般に知られており、令書の交付をしようとすればいつでもできたのにかかわらず、何ら交付の手続をしようともしないでいきなりした公告はその前提要件を欠き無効である。したがつて前記買収処分は交付に代る公告もないことになる。

(4)前記買収処分はその買収対価を原告に支払つていないし、また供託もしていない。農地法第一三条第三項によれば「国が買収の期日までに対価の支払又は供託しないときはその買収令書は効力を失う。」と規定してあり、前記買収処分は旧自創法の規定に基くものではあるが、右農地法の規定の趣旨は旧自創法の規定に基く場合も同様であるから、前記買収処分もその効力を失うことになる。前記買収処分には以上のような瑕疵があり、このような瑕疵のある買収処分を強行することは昭和二二年五月三日施行の日本国憲法の保障する基本的人権を侵害するものであり、その瑕疵が重大かつ明白であるから、右買収処分は当然無効である。

したがつて前記買収処分を登記原因としてなされた前記農林省名義になした所有権取得登記もまた当然に無効である。

よつて被告に対し前記買収処分の無効なることの確認並びに農林省名義の所有権取得登記の抹消登記手続を求めるため本訴請求に及ぶ。

第三、被告の答弁

一、原告主張一の事実を認める。

原告主張農地の買収手続関係は次のとおりである。

旧谷内村農地委員会は原告主張の農地を自創法第三条第一項第一号に該当する不在地主の小作地として昭和二二年二月二四日、原告を被買収者として同年三月三一日を買収の時期とする買収計画を樹立し、翌二五日公告の上所定の書類縦覧の手続をしたのに対し、原告から異議、訴願がなく、そこで岩手県知事は同年六月二〇日所定の承認の手続を経た上右計画に基き岩手い第一、三三八号買収令書を発行し、同月二九日旧谷内村農地委員会を経由し原告にこれを交付しようとしたところ、原告がその受領を拒絶したので、同二五年九月一三日その交付に代え県報にこれを公告して買収処分を了したのである。

二、原告主張二のような瑕疵の存在することを否認する。

(1)自創法施行令第二一条はそもそも自作農創設のための買収、売渡の手続の完了について一応の目途を示した訓示規定にすぎないからこれが削除されたからといつて以後買収、売渡を行い得ないものではない。

昭和二四年一月一四日付農林省農政局長より農地事務局長宛の通牒により、従前通り買収、売渡を継続すべき旨指示されているのであり、原告主張のような違法はない。

(2)原告主張の買収処分当時原告の住所が旧中内村にあり、その農地が旧谷内村に所在したことおよび右両村が原告主張の日時、他町村と合体して東和町になつたことは認めるが、原告主張農地は買収処分当時不在地主の小作地であつたから、原告主張のような違法はない。

(3)前記のように適法に交付に代る公告をしたのであるから原告主張のような違法はない。

(4)自創法には農地法第一三条に相当する規定がなく、自創法に基く買収処分は農地法に基く買収と異り対価の支払が有効要件となつていないから、たとえ対価の支払又は供託がなかつたとしてもそのこと自体で買収処分の効力に影響がない。

しかも被告は前記農地の対価を昭和二五年八月一四日盛岡地方法務局に同年金第八、三一四号として原告を受取人に指定の上供託したのであるから、原告主張のような違法はない。

第四、証拠〈省略〉

理由

原告は本訴においてまず原告主張農地に対する買収処分の無効確認を求めるので、国を被告として提起されたこのような訴が違法であるか否かについて按ずるに、このような行政処分の無効確認を求める訴訟は行政処分の瑕疵を主張してその効力を争うものである点において行政処分の取消を求めるいわゆる抗告訴訟とその本質を同じくし、その限りにおいて抗告訴訟に準ずるものといわねばならない。

ところで行政事件訴訟特例法第三条が抗告訴訟は処分行政庁を被告として提起しなければならないと定めている趣旨は、この種の訴においては行政処分の適否が争の直接の目的となるのであるから国又は公共団体の機関として当該行政処分をした行政庁に当事者能力を認め、直接これをして攻撃防禦の方法をつくさせることが訴訟手続上も、訴訟の適正妥当な解決を期する上にも便宜であり、かつ原告にとつてもその方が利益である。とするからに他ならない。そうだとすると右趣旨は抗告訴訟に準ずべき無効確認訴訟の場合にも異るものとは考えることができないから、無効確認訴訟においても特例法三条の準用により行政庁のみが被告適格を有するものと解するのが相当である。原告の本訴は被告とすべからざるものを被告として提起した不適法な訴として却下を免れない。

(なお原告提出の昭和三三年一一月二二日付御伺と題する書面の趣旨より被告を岩手県知事に変更したとしても、その請求を容認することのできないことは後段の説明により明らかである。)

次に被告に対し抹消登記手続を求める請求について判断するに、かつて原告主張農地を原告が所有していたこと、その主張のように被告が買収処分をし、農林省名義に所有権取得登記を経由したことは当事者間に争がない。

よつて本件買収処分に原告主張のような違法事由があるかどうかについて順次検討する。

(1)原告主張のとおり自創法施行令第二一条が削除せられたことは被告も認めて争わないところである。思うに右規定は自創法の理念であつたところの自作農を広汎かつ急速に創設するため、その進捗をはかる必要上設けた農地の買収、売渡の一応の目途を定めた訓示規定であつて、その後の進捗状況に鑑みこれを削除したからといつて格別違法の問題を生ずるわけのものではない。

したがつて昭和二三年、一二月三一日後に買収処分がなされたとしても右買収処分をそれのみで違法であるということができない。

原告のこの点の主張は採用し難い。

(2)本件買収処分当時原告の住所が旧中内村にあり、本件農地が旧谷内村に所在したことおよび原告主張の日時に、旧中内村と旧谷内村等が合体して東和町になつたことは当事者間に争のないところである。

そうだとすれば右買収処分終了後、そのような行政区画の変更により不在地主の小作地だつたものがそうでなくなつたからといつて、先きに不在地主の小作地としてなした買収処分が違法となるいわれはない。右主張も採用の限りでない。

(3)成立に争がない甲第六号証、乙第一号証、八第五号証の一、二、証人佐々木隆造の証言および同証言によつて成立を認め得る乙第二、四号証を総合すると、岩手県知事が本件農地の買収のため、昭和二二年買収の時期を同年三月三一日とする本件買収令書岩手い一、三三八号を発行し、同年七月一日頃旧谷内村農地委員会から原告の居住地区の旧中内村農地委員会を通じ、原告にこれを交付しようとし旧中内村農地委員会委員岩田吉郎がその頃原告に右買収令書を交付したところ、原告が岩田吉郎から右令書を受取りながら、買収値段が安すぎるからとの理由で、所定の受領書を出さず、暫くたつて同年一〇月頃令書を旧中内村農地委員会に返戻したこと、そこで岩手県知事が令書を交付することができないものとして自創法第九条第一項但書の規定により、昭和二五年九月一三日県報告示第四二九号で本件買収処分の交付に代る公告をしたことを認めることができる。右認定を左右するに足る証拠がない。そうだとすれば岩手県知事のなした前示令書の交付に代る右公告は適法であり、原告の主張するような瑕疵はない。この点の原告主張も理由がない。

(4)本件買収処分が自創法に基くものであることは原告も自認するところである。

原告は農地法第一三条第三項の規定を根拠に、対価の支払又は供託のないときは当該買収処分は失効すると主張するけれどもそれは正に農地法に基く買収についていいうることであつて、このような規定のない自創法に基く買収についていいうることではない。

自創法第一二条一項には「都道府県知事が第九条の規定による手続(令書交付の手続)をしたときは令書に記載し又は同条第一項但書買収の時期に当該農地の所有権は政府がこれを取得し、当該農地に関する権利は消滅する。」と規定されており、買収令書が交付又は交付に代る公告のされたときは対価支払の有無にかかわらず他に特段の事情のない限り農地所有権の変動の効力を生ずる建前であつたと解されるので、自創法に基く本件買収処分が対価支払又は供託のないことの理由で失効したとする原告の主張も失当である。

以上の次第で本件買収処分には原告主張のような瑕疵がないから本件買収処分は適法有効なものといわなければならない。したがつて本件買収処分の無効を前提としう被告に対し前示所有権取得登記の抹消登記手続を求める原告の請求は失当である。よつて本訴中本件買収処分の無効確認を求める訴は不適法として却下すべく、抹消登記手続を求める請求は失当として棄却すべきものとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 村上武 須藤貢 山下進)

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